干し柿づくり
少し寒くなり今年もこの季節がやってきました。干し柿の季節です。
通常は11月に入るとベストタイミングだったのが、最近は少し気温が高めな日もあり、11月の終わり頃が良いらしいです。
この時期になると母は良い渋柿を求めて、八百屋さんに行ったり隣町のスーパーへ行ったりいろいろ動きだしますす
小さすぎると皮を剥いたり、紐に結んだりが大変で、大きすぎるのも何か嫌だそうです。
なんぽうでベストサイズで安価なのが手に入ったらしく少しハイになっていました。
作っているのを見ていると皮剥いて、紐に結んで、お湯に入れたり、外に干したりと結構大変そうです
「好きやないとやれやん」母は毎年同じことを言いながら楽しげに作業しています
お湯に浸すのは表面の雑菌を殺菌し、カビが生えにくくなるのだそう
外に干すのは私の担当で間隔を開けながら、脚立から落ちないように気を付けながら干します、丸っこい同じようなのがたくさん並んでいるのが何か音符みたいでとても可愛らしさを感じます
子供のころシワシワで見た目も味も、あまり好きではありませんでした。でも30歳を過ぎたあたりから、あれなんか美味いなと思えてきました
それにしても渋くて食べられない柿が、なぜ美味しく甘くなるのか?
そこには、あまり知られていない秘密がひそんでいるようです。
まず渋柿の中には普通の柿より、多くの甘み成分が含まれています。その甘み成分は『タンニン』と呼ばれる渋み成分によって、かき消されています。
そして人の味覚は水に溶けたものは感じ、水に溶けないものは感じない。という性質をもちます。
そしてそして、渋柿を太陽に干したり風を通したりすることで『タンニン』は水に溶けない性質へと大変身するのです!
【ここがポイント】
要するに渋みが甘みに変わったのではなく、そもそもそこにあった甘みが感じられるようになったのです。
『甘みはもともとそこに在った』ということなのです。
ほんと不思議
人にも同じようなことが言える気がしています。
静かであたたかな場所が、いつも全ての人の内側にあり、懐かしくてどこまでも広く澄みきっていて、突き抜けるほどに高く、とても不確かではあるのにそこには明確なエネルギーが満ちている。
子供のころはいつもそこから膨大なエネルギーが、どでかいパイプラインを通じて供給されていた
体中に和の気が満ち満ちて、心と体がひとつで、力みもゆるみもなく真ん中、何か大きなものの働きによって行動し、自分以外のすべてのものとの境界はぼんやりとしていた
大人になり、バルブを閉めるかのように繋がりは細くうすくなっていく
自分と自分以外の全てのものは切り離され明確に分かれていった
それでもそれはいつもそこにあり、楽しい時も嬉しい時も、それはいつもそこにあり、悲しい時もつらい時にも、それはいつもそこにあった
全ての人の内側にある静かであたたかな場所
自然や混沌、畏怖といったそれっぽい言葉を用いても的確に表現することはできず、捉えどころなくこうこうこうですよとは言えないもの
そもそもそこにあった甘みを引き出すために皮を剥いたり、紐に結んだり、お湯に浸したり、冷たい風にさらしたりします
さあバルブを開けるにはどうする?
それは誰にもわからないことだ
でも考える能力が著しく障壁となっている
考える能力は人の暮らしを豊かにし便利にしてきた
学校や会社ではその能力が数字になりその人の評価になり、表彰状になったりお金になったりする。人が生きてくのに欠かせない能力
でも考えごとが過ぎると心と体の距離は遠くなる
その距離のことを不安と言います。
考えごとから逃れ、心と体がバッチリひとつで今現在の中にいる時、そこに何かを発見するかもしれない
100歳になり体がえらく老いぼれて、思うように動かせなくなったその時でさえ
ふと空を見上げて、子供の頃のあの喜びをまた発見するかもしれないんだ!
楽しみだぞーーー!
くーー!
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